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2017年12月 4日 (月)

貴方は美童を愛したい?美童となり愛されたい?(ヽ´ω`)

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優良風俗店、上野湯島ニューハーフヘルスの元気の素、水琴(ミコト)です!

私はここで働かせて頂きながら、出版社系ライターを目指して日々原稿の
持ち込みをしています。皆様、応援してね♡(≧▽≦)

私は最近、私の心を掻き立てる、インターネットでそれはそれは甘美な
お話を見つけました。

それは…(^_-)

「日本における美童愛(少年愛)の歴史」!(︶^︶)
………………………………………………
江戸時代末期には既に廃れつつあった衆道
(しゅどう、少年愛)は薩摩では近代まで盛んであり 

とりわけ稚児(少年)を好み、客人に
「お茶にしますか?稚児にしますか?」
と勧めるほどだったと言います。 

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薩摩には鎌倉、室町から続く武士道的男色が残っていました。
郷中(ごちゅう)制度という青少年の集まりがありましたが、
性的な契りにより結束を固めるものでした 。

藩士となる若者達は地域毎に
「二才(にせ)」と「稚児」に分けられるそうです。

二才とは14~20代半ばの青年、
稚児は8~13歳の少年を指しました。

稚児を指導するのが二才の立場であり
薩摩は、女性に対する青年武士の姿勢については厳しく、

「道の向こうに女が見えたら、穢(けが)れが移るから避けるべき」という
教えが普及してたそうです。

二才と稚児が男色の関係になったのは、ごく当然の成り行きと言えます。

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この薩摩に負けず男色が一般的だった、といわれるのが土佐です。

武士の少年であれば、男色の契りの意味を知らぬ者はいなかったといいます。

もし男色を拒む少年がいたとすると、年上の者が徒党を組んで家に押しかけ、
少年を捕まえて強引に犯したそうです。
キャッ♡(≧▽≦)

隣室に父母兄弟がいても一切構わず、また家族達も見て見ぬふりをした
そうです。

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特に稚児の中でも取り分け可愛さに秀でた、少女の様な少年所謂(いわゆる)
「美少年」と言える少年がいます。

「美少年」は当時の武士の間では羨望の的であり、相手が粗暴な男の場合、
常に屋外·野外問わず、強姦の危機に曝されていました。
その為 、「美少年」は特定の年長者に保護して貰う必要がありました 。

年長者はその美少年を「稚児様」と呼び、きらびやかな着物を着せ、歩く時は
傍らで傘を差し掛け 夜は他の者に拉致されないように寝ずの番をしたそうです。 

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嗚呼!麗(ウルワ)しの美少年様…(≧∇≦)♡
………………………………………………………………

(ヽ´ω`)甘美なお話。身体が思わず熱くなりますね♡

もし貴方が江戸時代にいたら、
「年長」として「美童」を愛したいですか?それとも「美童」として
「年長」に愛されたいですか?。・゚・(ノ∀`)・゚・。

ニューハーフヘルスで、そんな綺羅びやかな思いを発散してみませんか?
私が優しくエスコート致します♡

上野湯島ニューハーフヘルス
水琴(ミコト)より♡

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